カテゴリ:お気に入りエッセイ( 8 )

お気に入りエッセイ集

「違った視点で眺めてみよう」で作成した記事のなかで、私自身が気に入っているものをこちらにも載せていこうと思います。(若干の修正は加えてあります。)

治療に役立つ「共感」

「空虚感」を満たすもの

治療はラセン階段のように進む

優れた人、豊かな人

開かれること、切り離すこと

辛くても「外の世界」には答えを求めない

破壊の神様
by nakaizumi-mc | 2017-02-02 22:22 | お気に入りエッセイ

治療に役立つ「共感」


医療従事者をはじめ、人を援助することを職業にするものにとって、「共感」という概念は「理屈ぬきで正しいこと」「心がけることが当たり前のこと」と位置づけられている。スローガン化・正論化した「共感」に対して「なぜ共感は良いことなのですか?」「どうすれば共感できるのですか?」という問いが投げかけられることはない。そのような問いを発した者は「共感能力がない」と非難・嘲笑の的になることだろう。

しかし「共感」について正しい理解を持つ者はどれほどいるのだろうか。

「先生、お腹が痛くて辛いんです!」
「(突然お腹を押さえ)君の話を聞いていたら、私のお腹も痛くなってきたよ」

「先生、お腹が痛くて辛いんです!」
「(カルテにペンを走らせつつぶっきらぼうに)それは辛いだろうね」

どちらも「共感している」と捉えることもできるが、患者さんは「共感してもらえた」とは思わないだろう。

「共感」という概念は、その響きの良さから様々な領域に侵出したため、その輪郭が曖昧になってしまった。「治療の道具」として復権してもらうために、曖昧になってしまった「共感」を「①基礎としての共感」「②能力としての共感」「③姿勢としての共感」「④治療的変化としての共感」と4つに分けることが多少なりとも役立ちそうだと思ったので、ここで紹介してみたいと思う。



①基礎としての共感
生理痛の苦しみは男性にはわからない。その苦しみを男性が「共感」することは一生できない。ある病になった者は、同じ病を持つ人の苦しみを、その病になったことのない人よりは「共感」できる。このように性別や生活背景、文化的背景によって、共有される情報の程度には差が生じる。「基礎としての共感」はその相手と関わる上で「いかに相手と生活上重なる部分があるか」によって決定される。この点に限れば、多種多彩な経験を積んだ人はただそれだけで「共感能力が高い」と言えるだろう。

②能力としての共感
これは、いかに「相手の身になったつもり」になれるかという「イメージする能力」と置き換えてもいいかもしれない。男性であっても、生理痛の苦しみを、以前生じた腹痛の苦しみに置き換えて辛さを体験しようとする、というように、生活上重ならない部分があっても、その人のイメージ力で補うことによって「重ねたつもり」になることはできる。この能力はトレーニングによって養われるものであるが、当然「基礎としての共感」としてあらかじめ経験を多く積んだ者は、イメージを作り出す上での「材料」も豊富にあるのだから、何も経験がない者よりは「能力が高い」傾向はあるだろう。

③姿勢としての共感
これは「治療者(聞き手)」がどれだけ「患者さん(話し手)」の語る世界に「一緒にいる雰囲気」を作り出しているかという姿勢を表す。②が治療者(聞き手)自身がイメージする能力であるのに対し、③は治療者(聞き手)が患者さん(話し手)に「私はあなたの話す世界を、一緒に体験していますよ」という「幻想を抱かせる能力」と表現することが出来る。「その時は他に誰かいたの?」「天気はどうだった?」というような、話し手の世界を少しでも「体験しよう」という姿勢を感じさせる問いは、②の精度が高まることに加え③の要素も満たすため、良質な問いである。(しかし、その問いが聞き手の好奇心や覗き見根性から生じたものではないことを確認する必要はあるが)

③の大切さを示すためには、逆に「幻想を消滅させる例」を挙げるとわかりやすいだろう。最愛の人を亡くした辛さを語っている話し手に対し「そうだね」「辛いよね」と頷きながら話を聞いていた聞き手が突然「ところで○○ちゃん元気?」と、話題に上がっていた張本人のことを尋ねたとしたら、話し手は「今まで話をしていたのは何だったの!?」と怒りを抱くことになるだろう。

「幻想を抱かせる能力」は①②が相補的に働くことが多いが、逆に①②の能力が高すぎる故に「一緒にいること」が辛くなり「いくら嘆いたって亡くなった人が戻ってくるわけじゃないんだからさ」「早く、別の人を探しちゃいなよ」といったアドバイスをしてしまう人も多い。当然アドバイスを受けた側はその時点で「それが出来れば苦労しないんだよ!」となり、「一緒にいる雰囲気」は消滅してしまう。①②の能力が高かったとしても③の共感能力が高いとは限らないのである。①②の共感を維持しつつ、辛抱強く「治そうとするな、わかろうとせよ」という姿勢で接するのが③の要点である。

④治療的変化としての共感
精神療法の専門家には、この状況のみを「共感」とみなしている人もいる。この共感は治療者(聞き手)が①②③すべての共感的態度を駆使しても、どうしても患者さん(話し手)のことを「わからない」と感じる状況のなか、治療者が患者さんに投げかけた質問の答えによって、治療者が今まで患者さんに抱いていた先入観・偏見が崩れ、以前よりもより深く患者さんのことを理解できた、と感じられる瞬間を表す。治療者はジグソーパズルのピースがピタッと当てはまるかのように患者さんを「わかった」と感じ、同時に患者さんは「伝わった」という実感を得るのである。

むかしこのようなクイズがあった。ある高層マンションの20階に住む住人は、地上から20階の部屋に戻る際、必ずエレベーター周辺をキョロキョロと見渡し、誰もいないことを確認すると階段を駆け上って20階へ向かうが、20階から地上に降りる際は周囲に人がいることを確認することなく、エレベーターを使って下に降りる。さて、どうしてでしょう。という問題である。答えは「その住人はまだ小さい子どもだったから」。エレベーターのボタンが一番低いところにある『1階』にしか手が届かず、降りるときは一人でボタンが押せるものの、昇る時はボタンを押してもらえそうな大人が来ることを確認し、居なければ仕方なく階段を上るしかないから。という解説だったように思う。「高層マンションの20階に住む住人」という設定からすぐに「小さい子ども」を想像することは難しい。そこまで極端ではないかもしれないが、「わかろうとする」姿勢を保ち続けていると、逆に「自分と患者さんは違う存在」であることを忘れてしまいがちである。

「自分の経験(①)、想像力(②)から相手をわかろうとする雰囲気を保ちつつ(③)、それでも自分の先入観から、相手のことをわからないところは必ずあるはずだから、そのような自分の先入観・偏見が崩れ、相手を深く理解する瞬間がいつ起きても良いように話を聞こうとする姿勢(④)」が、厳密な「共感的態度」なのである。それを考えると方法論もなく、ただ「共感しなさい」というのみの指導ではあまりにも不親切であろうという点については、皆さんからも「共感」が得られるのではないかと思う。
by nakaizumi-mc | 2017-02-01 17:56 | お気に入りエッセイ

破壊の神様


幼稚園に入園したての日曜日、地元では有名な桜の名所に両親、兄達と花見に出かけた。

花見に夢中になっている両親達と比べ桜になど興味のなかった私は、別のものに関心を抱き、ひとりだけ道向こうに行ってしまったらしい。

自分がひとりであることに気付いた私は、急に寂しくなり、駆け足で道路を横断し、家族の元に戻ろうとした途中、無免許運転の軽トラックにはね飛ばされた。

現在も鼻の下には1cm程の縫い傷がある。鏡に向かっている時に、その傷を意識することは殆どない。時折「その傷、どうしたの?」と人から指摘された際に、傷の存在と親から聞かされた事故の話を思い出すくらいである。

ところが最近になり、その事故は私が想像していた以上に、私に影響を与えていたのかもしれないと感じるようになった。

その影響は、私の対人関係パターンにおいて、どのような団体に属していてもどことなく覚える孤独感と、人との繋がりを求めることに対する漠とした恐怖感という形で表れていた。

私自身、自分にそのような傾向があることはわかっていたが、以前はその団体に所属する人達、あるいは繋がりを求める相手から裏切られることを恐れ、あらかじめ適度な距離を置いているのだと分析していた。

しかし、私が恐れているのは「その人達」ではなく、私が関係を築こうと必死になればなるほど、その関係を引き裂こうとする「力」なのだということに最近気付いた。

その力は、はじめ「軽トラック」という形をとって私の目の前に現れた。そしてその後も、私の人との繋がりを求める「一生懸命さ」は、様々な想定外の出来事によって打ち崩されていった。しかし、そのような力の存在に気付かない私は、その都度相手を責め、そして自ら心を閉ざしていった。

「力」の存在に気付いてからの私は、人との関わりにおいて以前ほどのガツガツさは薄れた。「残念ながら、私はどうやら”破壊の神様”のお気に入りらしい。」と思うことにした。人との関わりでどことなく気まずい雰囲気を感じたときには、そこに「破壊の神様」が降りてきていると考えるようにした。そう捉えると、以前ほどは焦ってその関係を改善させようと我を忘れることはなくなった。そして段々と、「破壊の神様」は、関係そのものを破壊しようとしているのではなく、関係のありかたを破壊しようとしているのでは、と考えるようになった。

患者さんとの面接の席では、何となく気まずい雰囲気が場を支配する時に「今、”破壊の神様”が降りてきている感じがしません?」と切り出し、今、この場の関係で起きていることについて冷静に話し合う機会が多くなった。その結果、今までの膠着していた関係に動きが生じ、その患者さんと初めて出会った時のような、新鮮な感覚が甦ってくることが増えた。

「破壊の神様」を意識し受け入れることによって、時に「破壊の神様」は、より良い関係を生み出す「創造の神様」に変わってくれることもあるようだ。
by nakaizumi-mc | 2007-05-19 23:22 | お気に入りエッセイ

辛くても「外の世界」には答えを求めない



「外の世界」での評価を支えに生きてきた。

「外の世界」との交流を行うためのエネルギーが尽きた時

自分自身の存在する意味が、見出せなくなった。

少ないエネルギーを「外の世界」に向けてみるものの

そこから戻ってくるのは、「昔の自分」と比較する人々の視線。


苦しみもがく中で、はじめて気付いた。

「内なる自分」と関わるためのエネルギーは、満ち溢れているということに。


自分を殺しながら「外の世界」との関係を築いてきた歴史の中で

「自分のものではない」とみなされ

自分から切り離されたエネルギーが

拠り所を求めて彷徨っていた。


今は、「切り離された自分」と再び結びつくことがテーマなのだ。

そのために

「外の世界」と、一時的に切り離されたのだ。


今は、辛くても「外の世界」には答えを求めない。


今は「自分との絆」を強めよう。


それで、いい。
by nakaizumi-mc | 2007-05-09 19:18 | お気に入りエッセイ

開かれること、切り離すこと


もうだいぶ前の話になるが、成人式の後に、中学校の同級生達と飲みに行ったことがあった。居酒屋のテーブルで隣に座ったのは、クラスも違い、その時まで殆ど話を交わしたこともなかった子だった。少ないながらも重なる話題を探しつつ、それなりに話が盛り上がっていく中で、ほろ酔い加減のその子は、驚きの表情を浮かべながら「○○(私の名前)って、『勉強できない人は人間じゃない』と思っているような奴だと思っていた・・・」とつぶやいた。私は、あまりに鋭い指摘に驚き、一瞬箸を進める手が止まった。その通りだった。話を殆ど交わしたこともなかった子がそのように感じていたということは、私は知らず知らずのうちにそのような「空気」を周りに振り撒いていたのだろう。私は当時の自分を振り返って苦笑しつつも、自分が「変わってきていること」を、多少誇らしく思った。

話は現在に戻る。私の白衣についている名札の写真は、研修医時代のものである。医者になってから、小学校入学から卒業程度の日時が流れたが、小学校の頃と比べれば、顔もそんなに変化するものではないだろうと、写真も変えずにいた。そんななか、入院中の一人の患者さんと、当直中に話をする機会があった。私は、病を「やっつける」という姿勢が嫌いで、むしろそこから何かに気付くことが必要だと思っている。という今の治療のスタイルについて患者さんに語っていた。「自分から、何かを『切り離す』ことは疲れちゃったんだよ。今はむしろ、今まで切り離して置いてきぼりにしてきたものを、また拾いなおしているところかもしれない。」と、今の自分自身について話をしていると、その患者さんは私の名札を指差して「この時の先生は、まだ『切り離している』顔をしているよね。」と笑った。

その瞬間、頭の中を居酒屋の情景がよぎった。同じ感覚だった。苦々しさと、誇らしさと・・・。20歳の私、研修医の私は、今、目の前にいる患者さんと、こうやって自然に話ができるだろうか。患者さんは、表面的には親切そうに話をする私から滲み出る、どことなく「切り離そうとする」雰囲気を察知するのではないか。そんなことを考えた。

切り離して生きていくことを諦めるきっかけになったのは、腎臓を患ったことであるのは明らかだ。すでに病と向き合い、10年以上の月日が流れた。その間、病を呪い、切り離そうと試み、一方で、自分が病を患っていることを必死で「見ないように」していた。運動はしないに越したことはないという、医学的な「常識」に逆らい、大学3年時に、運動部に入りなおした。それは、病と付き合っていくという決心ではなく、自虐的な色合いの濃いものだった。自分では病を「克服した」と思いながら、運動後には自分の眼で見ても明らかな、赤褐色に濁る血尿、蛋白尿に目を奪われ、時折教科書に記載されている「5年生存率80%以上」という情報のネガティブな部分に目が向き、恐れおののく自分がいた。

今の私は、病と一緒にいることを認められている。そこから、何かを学ぼうとしている自分もいる。そして、その学ぼうとする姿勢は、どうやら私の「表情」に表れてきているらしい。

今度同じ感覚を味わうのは、いつのことだろう。
by nakaizumi-mc | 2007-04-18 21:50 | お気に入りエッセイ

優れた人、豊かな人


言葉はイメージを運ぶ荷車である。※

そして、そのイメージは実体験によって養われる。

「りんご」という言葉を耳にした時

以前食べたりんごの色・ツヤ・匂い・触り心地・歯ざわり・味が鮮明に思い浮かぶ人と

りんごを食べたことはないが「りんご」を表す10カ国の単語が思い浮かぶ人

「りんご」という言葉に対して「豊か」なのは、どちらの人だろうか。



摂食障害やアルコール依存、リストカット等の患者さんが治療が進むにつれ、「空虚感」がテーマになることが、よくある。

そして、そのような方々の多くが「りんご」に対して後者のような関わりをしてきた「優れた人」たちである。

彼らの治療は、「りんご」に対する知識をこれ以上増やすことでも、「みかん」や「ぶどう」について学ぶことでもない。

「りんご」を充分に味わうことである。

日々の何気ない生活を、五感を総動員して味わい、言葉の厚みを少しでも持たせることが、空虚感の改善に繋がり、結果として過食嘔吐やリストカットといった「強烈な実体験」で空虚感を埋める必要性が薄れてくるのである。

自分を支える実体験の薄さに耐えかねて、衝動的に「りんごを味わいたくなってしまった」ことで起きている疾患や犯罪は、思いのほか多い。



※精神科医 神田橋條治先生の言葉です。
by nakaizumi-mc | 2007-04-17 22:26 | お気に入りエッセイ

治療はラセン階段のように進む

「元に戻ってしまった」

治療の過程の中で、そのような嘆きが患者さん本人や、家族から聞かれることがある。

偶発的に様々な出来事が重なり、気分の落ち込みや、依存行動、強迫症状の程度が一時的に強まることは良くある事である。

しかし、病気の症状を「良くないもの」で排除しようとする傾向にある人と、「何らかの意味があるもの」と考え、病気になったことをきっかけに以前の生活のあり方を少しでも見直そうと心掛けている人とでは、症状の再燃という出来事にも違った「匂い」を感じる。

表現するなら、前者は「抑えては爆発する」という、良い状態と悪い状態との反復運動を繰り返しているだけのように見えるが、後者は、同じことを繰り返しているように見えながらも、どことなく「前に進んだ」という印象を受けるのである。

このことを「治療はラセン階段のように進む」と表現することがある。「一周しただけのように見えながらも、実は一段上に上がったのだ。」と考えるのである。症状が再燃するごとに新たな「気付き」が生み出される。そのことがきっかけで更に自分との折り合いがつくようになり、生活をより良く送れるようになる。ラセンは上に行くほど径が小さくなり、最終的には「治まるところにおさまる」わけだ。

しかし、繰り返すことを何としてでも避けたいという人は、どうしても「良い状態を抜け出したくない」と、ある状態に留まり続けようとする。そこには「不自然な力」が働いている。やじろべえで例えるなら、良い状態の方に傾いているやじろべえを、何とかそのまま傾いた状態で居続けさせようとする力である。力尽きれば、再び「悪い状態」の方へ一気に傾く。そこで生じるのは「また失敗してしまった」「今度こそ失敗しないぞ」という自己嫌悪感と、悲壮な決意である。揺れ動く状態をただそのまま受け入れさえすれば、新たな「気付き」と共に、やじろべえも落ち着くところに落ち着くというのに・・・

もっとも、症状を取り除こうとしてもどうしても取り除けず、反復運動をすることそのものに疲れ、取り除こうとする作業そのものを「手放した」ことがきっかけで「気付き」に繋がる方も多い。その人が「手放す」ためには、これだけの繰り返しが必要だったのだろうな、と考えると、一見すると反復運動に見えた症状の繰り返しも、大きな目で見れば「ラセンを昇っていた」のかもしれないとも思う。
by nakaizumi-mc | 2007-04-17 22:15 | お気に入りエッセイ

「空虚感」を満たすもの


「あのね、そういう患者さんは背伸びばっかりしていて、ちっとも身近なことをやろうとしないのよ。その子、自分の洗濯物、自分で洗ってる?まずは、そういうところから始めないとダメなのよ。」

研修医になりたての頃、外勤先のベテラン女性医師が、昼休みによくそんな話を私にしてくれた。

当時は医師として右も左もわからず苦労していた時期で、家のことよりも仕事のことばかりが頭にあった。患者さんについて、もう少し専門的な意見が欲しいのに・・・という気持ちと、その先生の患者さんに対するアドバイスが、何となく自分自身にも重なるような感じもして、複雑な思いを抱きながら話を聞いていたものだった。

しばらくして、若い世代の多くの人たちが抱えている問題として「実体験が乏しい一方で、言葉のみが氾濫していることによって起きる、慢性的な空虚感」と「その空虚感を人間関係で補おうとするために生じる、対人関係の過度なまでの繊細さ」があることを知った。

このような人達の治療として重要なのは、「言葉」ではなく「実体験」であること。そして、言葉の介入する余地の少ない実体験を多く積み重ねることによって、些細な対人関係上のトラブルで折れてしまわない「しぶとさ」を身につけることが大切であること。

そして、その「言葉の介入する余地の少ない実体験」とは、日常の家事や農作業といった「当たり前のこと」に多く含まれていることを学んだ。

そんなこともあり、最近は「料理やろう、料理。」「畑あるなら、何か育てみるといいかもよ。」といった、当たり前のことを患者さんにアドバイスすることが多くなった。結局は、その女性医師のアドバイスをそのまま日々の治療に役立てているのだった。

「あの医者は、当たり前のことしか言わん。」

患者さんの嘆きが、いつか「なるほど」という実感に変わってもらえればよいが。
by nakaizumi-mc | 2007-04-17 22:13 | お気に入りエッセイ